■:X:n:n=n次元情報空間n包思念体

宇宙計算機プログラムの謎と謎の謎

プロコンの反省 即ち パズル物語 # 主に後半戦の事

プロコンで体験した事など。

私は、某N高専において情報技術研究部という部活に所属しており、そこでは例年、プログラムを趣味とする人がプロコンの生贄として捧げられる決まりとなっている。
私もまた、2年連続で、その競技部門というある指定されたルールに基づいたプログラムを生成し、それをを競わせる部門の、生贄として捧げられた訳である。

前半戦の前半戦

南無参照。
それは、地獄の様相であった。
ikemaki.hatenablog.com

後半戦の事

今年も相変わらず競技部門に参加することになったが、蓋を明けてみると、相変わらずそれはパズルであった。前半戦でトラウマを抱えた私にとって、たとえ離散的であろうと唯一解としてのパズルなど、解きたいとは思わないものであり、やる気を失いつつも、問題に取り組もうとも思えなかった。

いわゆる大会当日までの事

4~7月 :

どうやら、パズルで発見した幾何学を他の人に説明するのは難しい様だ。
後半から解き始める気になった人々にとって、かつてから積み上げられて来た知識の数数を説明するのは難しい。(いや、望む人にしか理解出来ないようになっているのだが。)

9~9月 : 夏休みの事

無。
解こうと思おうと、その解き方は一般的でない。汚い。そう思うと思考が進まなくなってしまった。

哲学。など。

これを書いている今にも、不完全性定理やらチューリングマシンやらの何たるかを、理解していると言えない私であるが、
かつてのゲーテルやチューリングは、無限を対象としていたのかも知れない。
任意の枠の存在しないパズルの唯一解を導出するプログラム。果たして、その手のプログラムは存在するのだろうか。と。

10月~当日 : 精神と時の部屋(II)

そして、大会の2週間前となってしまった。
解について、教授陣からは私の妄想を跳ね返す妄言が返って来た。
まだ作れていないのか?と。どうやら、私は間違えていたらしい。
解けないということを前提に解くためのプログラムを作ろうとしていてソレが出来なかったが、パズルは解くことが出来るように設計されていたらしい。
どうやら私は問題の解釈を間違えていたらしい。
その後、脳は破壊された。

何が出来上がったか

github.com

交流部門の事

多くの高専生たちと交流できたように思うが、深い交流をするのは叶わなかった様に思う。

名刺クエス

結果として何が出来上がったかより、どれほど時間をかけ、どのような技術的・理論的困難に遭遇したのかに興味を持ってしまう。
3日目の午後に会場で寝ている競技勢は前日までのデスマに追われ、動かないシステムを展示している自由・課題勢は難しい問題を解こうとしたのだろう。
私は、ただ無条件で動いている様に見えるシステムよりも、問題をどう解き、どう誤魔化し工夫したのかを聞いていたように思う。
数数の処で、挨拶も無しに名刺を渡している。
また、NULLポインタ等もプログラムした。

真に驚くべきことに、言語言語で任意の外国の学生多値と会話出来てしまったのだ!!!!!

大会の後に行われた晩餐会で、外国の学生たちと交流する部門にも参加した。
各国のグループと幾つかの高専が集まり、役40人ほどが参加していただろうか、私の高専からも競技部門に参加した3人がこの部門に出場した。

晩餐会が始まる前というのは、恐らく産まれて初めての外国の人との食事だと思い、コミュニケーションが取れるかどうか、緊張したものである。
しかし、ここである記述を思い出した。日本に来たフランス人に日本人が英語で話しかけたが、そのフランス人は英語を苦手とし日本語に明るかった。というものである。
ここで、私は隣に座っていたマレー人に話かけてみることにした。「言語は、、、。」。そんな感じだったと思う。そうすると、隣のマレー人は、日本語でも良い。と言ったのである。
ここで、私は何かを掴んだように感じた。
この後、単なる挨拶程度の事だったかもしれないが、自分でも驚くほど、多くの国の多くの人との交流が出来たのである。

徳山観光日誌

ここは、ういろう屋ですか?

最後に

約、2年間に及ぶパズルとの闘いは、非常に辛いものでしたが、同時に、多くの経験を得られたように思います。
共に闘ってくれた仲間や、全国の高専生、そして大会運営に、感謝致します。
ありがとうございました。
ー そして、パズルの考察が再開される。 ー

リハビリのこと

プロコンの後、文字が読めなくなったり、時間の感覚が狂ったり、何をやるべきか分からない等の症状が発生した。
これにより、社会性を失い、授業の欠課が増加し、レポートの記述が出来ず、定期試験の結果は燦燦たるものとなった。
症状は、Lispによるデスマが原因として在るかも知れないが、詳しくは解らない。
今はこの症状が消えつつあるように思うが、任意のプログラミングがこの症状を再発させる原因として存在しうるように思う。
この日記を書いているのは、主にプロコンが終わってから2カ月ほど経ってからのもので、記憶が一部欠損している可能性がある。